vol. 1 「オフグリッド話にお付き合いください」

米メリーランド州に浮かぶジェファーソン島の桟橋

 電力供給網から切り離した生活と聞けば、薄暗いランプの下で細々と暮らす山小屋暮らしをイメージしてしまう。暖を取るために火を熾し、仕留めた獣の毛皮を羽織り、木の実を採っているんじゃないかと想像が膨らむ。古来、日本の人里は山に囲まれた盆地に発達し、農業を通じて共同生活を余儀なくされた。山の向こうの出来事を話すことを四方山話(よもやま話)といい、人々の世間話に花を咲かせた。山を越えて都に繋がる道があり、神様は身近に居た。「昔々」で語り始め「めでたし、めでたし」で終わる。「聞いた話なんやけど」で始まり「知らんけど」で終わる関西人に似ている。いくつもの疑わしい話でさえ、いつしか真実味を帯び、語り継がれるうちに言い伝えとなり、まことしやかに語られる。スタートが「山の向こう」であり、語られるのが人里であるためか、その土地の川や山、岩や木といったものを神と崇める信仰の歴史に繋がることが多い。

 他方、エジソンが電気を発明したのは1847年だから、その前の世界はオフグリッドだったいえる。アメリカが「発見」されたのだって大航海時代の賜物だと思うと、15世紀から17世紀ということか。主にポルトガルやスペインによってアフリカ、アジア、アメリカへの大規模な航海が行われた頃、航海は遭難や難破、疫病や抗争によって船乗りの生存率は20%にも満たなかったらしい。遠征に成功すれば、莫大な富と名声を手に入れることが出来たというのだから、船の上は生存競争だったに違いない。かくして欧州には「海の向こう」の話が多く伝わり、それは未知の、時に夢のようなワクワクする話が多い。日本だって「黄金の国、ジパング」と伝わった。

 転じてこのコラムは「四方海話」と題した。筆者が生活の中で身近に感じるオフグリッドや、海の向こうのオフグリッドを垣間見たり、趣味人として海を意識した話をしたい。それは山小屋ではなく、水辺の桟橋で、快適なコテージで想いを馳せたい。

投稿者: Taka

これまで百数十か国を訪れ、欧米7か国で20年暮らしてきた。メーカーに30数年勤め、縁あって今はハワイ在住。グローバルな生活から一転、ロコとして生きる。 座右の銘は、Life is a journey, not a destination. (人生は旅、その過程を楽しもうじゃないか)