オフグリッドとSDGs

僕のオフグリッドの原点は「ヨット」だ。ヨットは生活空間そのままに風という自然の力を動力として移動ができる。出入港やエマージェンシー対応として最低限の船内機を備えているが、メインエンジンはセール(帆)で、スピードは期待できないものの、燃料を補給することなくどこまでも移動できるのがこの乗り物の最大の魅力である。最近では堀江謙一さん(83)が単独無寄港で サンフランシスコから兵庫県の西宮まで太平洋の横断に成功した。しかも、わずか全長19フィート(約5・8メートル)の小型ヨットで、69日間のシングルハンド(乗員1名)でだ。この期間中の食糧や飲料を小さな船に積み込み、生活をしながら移動する。もちろん平穏な海況ばかりではないので、荒天に対応する装備や安全装備も欠かせない。陸上生活からオフグリッドし、海上生活に必要最低限のモノを選択し装備する。ヨットとはそういう乗り物で、広大な海に大自然を満喫しに行くと同時に、不便を愉しむための空間なのだ。すると、いかに陸上の生活は愉しみを移譲しているのかが判る。移譲しているのが人であれば、愉しみを共有できて良いのだが、電力や燃料を使い、体や経験を使うことを最低限に抑える機器や機械など、無機質なモノたちに移譲しているのだから世話はない。個の便利を追求した代償が、他人や機械のせいにする世知辛い世の中を生んだのかもしれない。

一方、モノづくりにも同様のことが言え、僕の感覚では2000年くらいを境に、それまであたりまえに使われてきた素材が新素材に置き換わってきたという印象を持っている。スチールやアルミニウムという金属は、樹脂に、天然木材は木柄シートを貼ったベニヤ板や樹脂板に、などなど。素材の軽量化による複合体の性能の向上が目的で、車の燃費などが最も分かりやすい成果だ。しかし、それら新素材の原料を輸入する際に発生するCO2や、製造する際に消費するエネルギーなど、それまで地産地消に近かった原料や素材が、世界各国から取り寄せられ、莫大なエネルギー消費の末、世界中のどこにでもあるような個性を失った製品として帰着する。世界中で同じようなモノをつくる必要はないではないか、地球環境をもっと深刻に考え、国や地域によってしっかりとした役割分担を行い、人々はそこを自由に選択し、移動できる世の中が来るといい。その土地に生まれ、愛し、土着する人、可能性や夢を掲げ離れる人、たくさんの人が入り交じり新たな価値観や文化を醸造する。船上で、そんな地球になればいいなどと考えたりする。

このヨットは1988年7月に台湾で製造されたもので、34年も前の古いヨットなので、安価で手に入れることができた。内外装に木材がふんだんに使われており、特に外装の木材は、傷みやすい木口を露出させない匠の技を随所に見ることができる。加え、紫外線の強い環境に置かれるため、削られることを前提に、必要以上に厚い木材が配されている。マメなオーナーは美観やノンスリップの機能を保つため、2~3年に一度は表面を削り、保護塗料を塗り治すのだ。先ほどの軽量化とは相反するモノづくりで、敢えて厚く(重い)ものを採用することで、いかに長い間愛してもらえるかという当時のモノづくりの価値観がうかがえる。現在ではFRPの外板に滑り止め加工を施したデッキが一般的で、メンテナンスフリーが購入の決め手になっているようだ。このような時世において、手が掛かり、見た目も均質でない天然木材は敬遠されるのだろう。このヨットのレストアを通じ、学び、考え、思うことがたくさんある。最新技術の詰まった箱の中で動く最新情報に右往左往するのではなく、古きよきモノに触れ、温故知新、時代が移り変わっても愛され続けるモノは何なのか。ヨットを通じてオフグリッドという発想に辿り着いたが、SDGsという継続性をも思考することになった。このヨットの船名は「Nydell」。その昔、ベーリング海へ半年ほど航海した時、船員さんが嵐以外の日は「今日は凪いでる」と言っていた。海も心も凪いでいる状態がいい。「Nydell」はsaiブランドのオフグリッド事業のフラッグシップだ。
Nydellも自らもレストアを続け、新たな思考を発見していこう。

投稿者: YUKI

株式会社saiブランド代表取締役。 30年前、オーストラリアで木橋に出会い、自然素材の可能性に魅せられる。 木橋やボードウォークの設計や、木製構造物の診断などを手掛けている。 2020年8月に本社を東京都墨田区から沖縄県糸満市名城に移転し、「オフグリッド」に事業として、ライフスタイルとして取り組んでいる。